浜までは海女も蓑着る時雨かな
最近は「人生最後のステージをどう生きるか」をテーマに考えを巡らせる事が多いのですが、そんな折この俳句と出合い、心に刺さるものを感じました。
江戸時代の俳人、滝 瓢水(たき ひょうすい)の句だそうです。
これから海に潜り濡れる海女(あま)が、雨(時雨;しぐれ)を避けるために蓑(みの)を着て浜に向かう姿を見て詠んだのです。
なぜ蓑を着るのだろう、どのような気持ちがそうさせるのでしょうか?
また、瓢水が感じたことは何なのでしょうか?
「どうせ濡れるのにムダなことを・・・」ではないでしょう「海女の姿勢」に感じるものがあったはずです。海女という「仕事への敬意」も感じます、「今を大切に生きる姿勢」も感じます、あなたはどうですか?
「どうせ」ではなく「だからこそ」
先週お花見した「桜」も「どうせ散るのだから」と、いい加減に花を咲かせる事はありません。「今を精一杯咲き誇る、咲ききる」

瓢水の句に、みつをさんの詩がシンクロしました。
“あしたはあてにならぬから”
「だからこそ」今を精一杯生きよ!
人は、いろいろな困難にぶつかったとき、自分の不都合にぶつかったとき、また思い通りにならなかったとき、「どうせ」という言葉が心の中に広がります。それを「だからこそ」と考えていくことの大切さを思い知らされます。
「どうせ、何々だから」ではなく「だからこそ、何々するのだ」という生き方をしなさい、と叱られた感じです。
「志を立てるのに、遅すぎるということはない」(ボールドウィン)
「これからの人生、今が一番若い」(チャールズ・ディードリッヒ)
お釈迦様の誕生日

散歩道のお寺に「花祭り」と称して、甘茶を掛ける用意がされたお釈迦様の姿を見つけました。
誕生直後に右手で天、左手で地を指し「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と唱えた姿を表す「誕生仏」のポーズです。
現在「唯我独尊」は、独善的な人に対して使うようなイメージもありますが、この言葉は、「宇宙(天上天下)において、私(衆生一人ひとり)は最も尊い存在である」という意味なのです。また、お釈迦様がお生まれになったとき、天から甘露の雨が降ったという伝承から、誕生仏に甘茶をかけてお祝いする風習が生まれたそうです。
全く話は変わりますが、今回のアイキャッチ画像(一番上の画像)は、Gemini(生成AI)に、滝 瓢水の句を入力し、画像化したものです。頭に被っている笠が、東南アジア風な感じと思いましたが、敢えて修正せずに使いました。
AIを進化させ、人が〝真に〟有効な活用法を手に入れていくプロセスに立ち会うのも楽しみですね、どうせあの世に行くのですが、その前に。


