神様へのお願いは、自分自身への誓い
今年も近くの神社に初詣、昨年の御礼と今年の抱負をお伝えしました。
境内の「おみくじ結び所」は満杯です。神様のお告げを授かり、自分の願い事と重ねて意味づけし、行いを決意する。

初詣は、自分自身の今年の誓いの場だと思います。「おみくじ」は、受け取るだけでは無く、そのお告げの状況下で自分は何をすべきか考える機会として能動的に受け取るものでしょう。
〝願い事を言葉にする〟言語化は、願い事成就への第一歩です。
〝神頼み〟は〝人事を尽くして天命を待つ〟に重ねるべきです。
頼んでおけばやってくれる、そんな存在があればラクチンですが、真に人々の幸せを考える神様が、そんなことをやってくれるはずがありません。
沖縄の方言に「なんくるないさー」がありますが、これも「なんとかなるさ」ではなく「まくとぅそーけー(正しいことをしていれば)なんくるないさー」ということです。「正しい道で努力し最善を尽くせば、その結果は後悔せずに受け入れられる」という教え(人事を尽くして…と同じ)だと聞いています。
言語化が未来を作る
「言語化」は、先ず自分の思考や感情を言葉にする(一旦アウトプットする)ことで、自分自身を理解し明確にすることが出来ます。そこで明確になった夢や目標を具体な言葉で語ることにより、現実とのギャップを知り、そこに向かう行動が見えてくるのです。

更に、明確な言葉は、他者に伝えやすく、他者からの共感や理解を得られ、協力関係や新たな機会が創出されやすくもなります。
このプロセスはコーチングそのものであり、コーチの役割を示すものです。
初詣の帰り道、もうこんなに花を付けている蝋梅を見つけました。早咲きの種類なのか、気候のせいで早まったのか… 春を告げる香り「梅」よりも先に出合ってしまいました。こう書いて気づきました。私の中に、〝まだ寒い新春は梅の香〟〝春の日差しを感じ始めると蝋梅の香り〟という思い込み、ルールがあるのですね。
アウトプットしてみると、自分が見えます。


