「学び合う場」に参加
私の古巣とも言えるコーチ・エイ(株)の学習の場「Magnetic(マグネティック)」に参加しました。この名には「磁力によって引き寄せられるようにお互いが対話を通じて学び合う場にする」との思いが込められているそうです。
テーマは「コーチング・スーパービジョン」、コーチ業界の成長発展と共に必要性が増し重要になってきた “コーチ自身にフォーカスした” 概念だと思います。
元々「スーパービジョン」は対人援助職が、指導者(スーパーバイザー)から自分の担当ケースについて教育的指導や助言を受け、専門性を高めるための仕組みとして、困りごとを第三者の視点で解決したり、精神的な支えとなったり、スキルアップを促す目的で行うプロセスを示す専門用語で、評価ではなく「伴走」や「共に考える」姿勢が重視と言われているものです。
コーチングにおけるスーパービジョンも同じで、スーパーバイザー(指導者)が、コーチ(指導を受ける側)のコーチング実践を基に(材料にして)、プロとしての成長を支援するプロセスです。スーパービジョンはコーチ自身の内省、スキル向上、倫理観の強化、自己理解の深化などを経て、コーチの能力向上とクライアント支援の質の改善を目的としたものです。
私の気づき
コーチ養成に長く携わっている私は、メンターコーチとして多くの学習者に関わってきました。資格取得というレベルを設定し、スキルアップに向けて行うメンターコーチングを行うべき処を、私はスーパービジョン寄りの支援を行っていたかも?(“行いたがっていた” かもしれない)と振り返りました。
これが “より本質だ” と “私” が見せたがり、相手が今、望んでいる具体的目標達成への支援が疎かになっていたかもしれない・・・
それなりの成果を上げ組織を牽引しているエグゼクティブに対して私が行っている「エグゼクティブコーチング」にも「スーパービジョン」の要素が多く入っているぞ、とも思いました。エグゼクティブは自分で出来る人なので、外側にある目標達成で無く、それを行うエグゼクティブ自身に焦点を当てているのです。
上記2つの気づきは、修正すべきなのか/補強すべきなのか/他の捉え方があるのか、智玄流は・・・、考えさせてくれます。
また私がクライアントとして、マイコーチと話している時間は、何をもたらしているのだろか・・・。
『スーパー』+『ビジョン』は、当人が見ているもの、見たいものが収められている(枠付きの)ビジョンを超える、と捉えました。ビジョンを超えろ!
AIエージェント

WizBiz(株)主催のオンライン講演会、神田昌典さんの「2026年の時流に乗るために 今、何をすべきか?」も受講しました。
話のメインは「AIエージェント」、
設定された目標を達成するため、人間からの細かな指示なしに自律的に状況を判断し、計画を立て、ツールを使いこなしながらタスクを実行する高度なAIシステムです。複数のタスクを連携させ、外部サービスと連携しながら「推論→行動→学習」を繰り返して問題を解決するという画期的な能力を有しています。
この活用法は、正に、私のビジョンを超え、末恐ろしさを感じました。

講演を聴いた後の散歩、枯れ葉で埋め尽くされた雑木林の道です。頭に浮かぶのは、劇的に進歩するAIの回答を、人間がどのように受けとめ活用すれば良いのか。
AIがどれだけ進歩しても、質問(言語表現)に答えるために膨大な量のデーターを基に、回答として最適な文章(言語表現)を作り出しているのであり、私(質問者)が「考える」ことを完全に肩代わりしてくれる訳ではないと思うのです。
質問の背景や思いを知らないAIの回答を鵜呑みせず、どこまで信頼できるかを検証する目を持ち、それを「最終形」でなく「材料」として扱わなければならないでしょう。
枯れ葉に埋もれた小道は、かつて多くの人が歩き、意味を与えてきた道でありながら、いまは静かに、次の足音を待っている。踏み固められたはずの道筋は見えにくく、どこへ続くのかは、少し先まで進まなければ分からない。
しかしながら「インターネット革命」を体験している私は、「AI革命」がそれ以上のものであると想像しています。インターネットが情報への道を開いたのだとすれば、AIはその道そのものを、歩くたびに書き換えていく存在です。継続的な学習・経験を通じて自らの性能を向上させ続けるAIは、人間が敷いた既存の道をなぞるのではなく、落ち葉の下に隠れた可能性を掘り起こしながら、新しい小道を生み出していく。
だからこそ私は、確信と同時に畏れを抱きます。進むほどに風景が変わり、過去の地図が役に立たなくなるこの道行きは、もはや私一人の想像力の射程に収まらない。繰り返しますが、〝私のビジョンを超えています〟
(生成AIに書いてもらいました(^0^))


