孤高の人
ひょんな事から漫画版「孤高の人」を知り、驚くと共に若い頃に読んだ新田次郎の小説「孤高の人」を思い出しました。
学生時代、一人登山・単独行に憧れその真似事をしていました。正月、八ヶ岳の主峰「赤岳(2899m)」に雪中登山したこともあります。今回は、この登山や小説の話題でなく〝孤高〟に、「孤高な気質/生き方」に私を重ねて振り返ってみました。
〝孤高〟は「孤独」や「孤立」とは全く違います。
〝孤高〟は、集団に属さず、自ら選んで一人の道を進み、精神的な強さや高みがある状態です。寂しさや精神的な苦しみを感じたり(孤独)、周囲から受け入れらない(孤立)状態ではありません。
私は〝孤高〟が好きで、憧れてきました。
成熟した孤高人
コーチは、クライアントの行動特性を理解し、行動変容につなぎ易くするために色々なパーソナリティ診断ツールを学んでいますが、その中に、
・遺伝的要因が強く、神経伝達物質の代謝に規定される「気質」と
・後天的要因が強く、発達・変容する「性格」に分け、
“パーソナリティは、気質と性格で説明できる”と提唱するワシントン大学クロニンジャー博士の理論があります。
私は、その理論を元にした「PreASESパーソナリティ診断」を受けたことを思い出し、その時の資料を引っ張り出しました。
「成熟した孤高人」、これがその結果でした。「成熟した」が性格タイプ、「孤高人」が気質タイプです。〝孤高〟が好きなのは相対的に遺伝的要因が強いようですが、嬉しいですね。
組織に属して一人では成し得ない大きな成果を出そうと思いません、組織内の役割に縛られることも好みません。そう理解してきた自分を「我が侭な奴だな」と見てきましたが、「成熟した孤高人」と表現されると嬉しい。
「自分のまま生きる」
孤高な生き方は、一人で居ても孤独ではありません。不必要な人間関係は増やしませんが、人生に大切な人達とは会う機会が少なくても精神的な繋がりを保っています。
また、私は「孤高な生き方」にQOL(Quality of Life;人生の質)の高さ、幸福感の高さを感じます。
自分の人生は自分が決める。自分人生は自分のものである。
よく「自分らしく生きる」と言われますが、私は「自分のまま生きる」と言う表現を使うようにしています。誰かに見られている自分、こう見られたいという自分から離れて「ありのままの自分」で、この後、生きていきたいのです。

雨が降り続く毎日ですが、久しぶりに訪れた晴れ間に近所の公園を散歩しました。
そこで見つけたのがこの写真「オオシロカラカサダケ」、足下に沢山生えていました。これは「毒キノコ」です。
この公園で今まで見掛たことがありません。どこから菌糸が飛んできたのでしょう、元々何処にでも存在しているのでしょうか。
これを見掛けた翌日、TVニュースでも扱っていました。さらに、これを食べた人が居て食中毒を起こしたとも報じていました。似ている「カラカサタケ」は美味しい食用キノコだそうです。
似て非なるもの「孤高」と「孤独」「孤立」は全く違います。


